TRIZ創始者のおしえ(第3回) 試行錯誤法からの脱却 その2
こんにちは、株式会社アイデアで講師を担当している笠井です。
今回は、前回ご紹介した『試行錯誤法』の具体的な事例を、アルトシュラーが記録映像を使いながら学生たちに説明している内容をお伝えします。
巻線機 「HCE(エヌ・エス・イエ)」 の秘密
アルトシュラー(以下、Aとする) 「これは、V・S・イェゴーロフという優れた発明家が、細い導線の巻取り装置を発明した後に製作された記録映像で、彼が新しい技術的アイデアに到達した道順を再現している。
この内容は、彼の著書『巻線機 「HCE(エヌ・エス・イエ)」 の秘密』にも残されている。一般的に発明家は、発明に至った道順をあまり話したがらないものなので、この事例は幸運な例外の一つと言えるだろう」
A 「対象となっていたタスクは、[内部に非常に小さな環状変圧器をもつ電子計算機を想定する。その変圧器のそれぞれには直径がわずか2mmの小穴=コアがある。このコアに、毛髪よりも細い、絹で被覆した導線を巻いていく。それを手作業で行い、その際に繊細な絶縁物(絹の被覆)を損なってはならない。]というものだ。
フェライト(磁性材料)で小さなコア(リング)を作り、そのコアに細い絶縁線を速く正確に巻き付けること・・・。このタスクは、彼にとってはいかにも簡単に思えた。
というのも、イェゴーロフはその数年前、 [電話フィルタ用チョークコイルの巻線作業を機械化する]という類似したタスクを首尾よく解決していたからだった。
その方法を踏襲すれば同様の良い結果が得られるだろうと思ったのだが、実際に取り組んでみると、彼はその考えを改めざるを得なかった。
フェライトコアは電話フィルタ用チョークコイルのコアよりもはるかに小さかったからだ。図はそれを拡大して示したものだが、穴の直径2.0mm・外径3.1mmのコアに巻枠(予備の導線を巻く針)を用いて、被覆線を手作業で巻き付けなければならない。コアを分割して作業後に組み合わせられれば、そのタスクは全く簡単になるということは分かるね? だが、フェライトコアは粉末冶金法で成形してから焼結するという製造上の制約条件のために、一体式でなければならなかった。
イェゴーロフは、巻枠の大きさ、針止めの方法、巻枠を使わない方法、巻枠に代わる新しい巻き付けの原理(例えば振子は使えないか、圧縮空気は使えないか)など何百もの異なる方法を考案しては実験を繰返していったが、どれも不首尾に終わった。そして何年もの時が過ぎていったのだ」
A 「普通の技術者だったらその段階であきらめてしまうところだが、イェゴーロフはそのタスクについて考えることをやめなかった。そしてある時、全く新しいアイデアが浮かんだ。
それはたまたま乗り合わせた列車の中での出来事がきっかけだった。彼は隣席の人々に目を移していたが、突然彼の視線はレースを編んでいる老婦人に引き付けられた。彼女は左手にレース糸、右手に編針を持っていて、彼女が手を動かすと編針が糸を巻きつけて輪ができ、さらに手を動かすとまた一つの輪ができていった。
彼は目を離さずに、老婦人の手の動きを機械的に眺めていた。輪……、輪……、頭の中で編針の動きを一度、二度、三度……と繰り返し、編針の動きを、老婦人の手から彼の機械に置き換えて思い浮かべていた。
巻枠や振子の代わりに機械に編針(のようなもの)を使うという発想がそこで生まれたのだ。編針(のようなもの)が輪を通り抜ける導線の端をつかみ、特殊なバネを使って導線を引っ張った状態においておけば導線はコアに均一に巻き付く。しかもその巻付けは固く確実にできるはずだと気がついたのだ」
解決を遅らせる「思い込み(心理的惰性)」を払拭すること、そして「試行錯誤法」から脱却することの大切さをアルトシューラ―は説いた
A 「さて、君たちはどう思ったかね? こうして 「HCE(エヌ・エス・イエ)」 の名で知られる巻線機が誕生したが、ここに至るまでの道筋は先に矢印で示した「試行錯誤法」(※第2回のコラム参照)に他ならないということが理解できただろうか?
発明家は「タスク」という点から「解決」という点に到達しなければならない。この点がどこにあるかを予め知ることはできないから、「もしこのように試してみるならば」という「跳躍」をする。試みが不首尾に終わると、思考はまた元の「タスク」に戻り、また新しい試みが始まる。したがって一般的に、「試行錯誤法」で解決策を探す場合は、試行の数が非常に多くなることが理解できるね?」
A 「それから忘れてはならないのは、イェゴーロフの場合は類似したタスクで成功を収めた経験があったということだ。そのため彼が失敗した試みのほとんどは何とかして巻枠を利用しようとしていたことであり、過去の成功に囚われていたといえる。
この「巻枠を利用する」という思い込みが「解決」の方向とは別の向きに考えを向かわせていた。それはいわば「心理的な障壁」(※注)で、これを払しょくすることが早期に問題を解決するためには必要なことなのだ」
- ※注「心理的な障壁」: アルトシュラー著『発明発想入門』(遠藤敬一・高田孝夫訳、株式会社アグネ、1972年)では、「心理的な障壁」や「慣性ベクトル」と訳されています。その後、TRIZがアメリカを経由して日本に伝わった1996年には、英語で“Psychological Inertia”と表記されていました。それが「心理的惰性」と訳され、TRIZ固有の言葉として現在に至っています。
いかがでしょうか? アルトシュラーは、あのエジソンが残したと言われている “天才は、1%のひらめきと99%の汗”、つまり何よりも努力することが重要であるという考え方に対して、TRIZを使えば、「試行錯誤法」から脱却して効率よく解を得ることができるという立場をとっているように思えます(努力を否定しているわけではありませんが)。
このあとアルトシュラーの講義はARIZ(発明的問題解決のアルゴリズム)へと続いていきます。
笠井@IDEA